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「先生泥棒に逢いなさったそうですな。なんちゅ愚(ぐ)な事です」と劈頭(へきとう)一番にやり込める。

「這入(はい)る奴が愚(ぐ)なんだ」と主人はどこまでも賢人をもって自任している。

「這入る方も愚だばってんが、取られた方もあまり賢(かし)こくはなかごたる」

「何にも取られるものの無い多々良さんのようなのが一番賢こいんでしょう」と細君が此度(こんど)は良人(おっと)の肩を持つ。

「しかし一番愚なのはこの猫ですばい。ほんにまあ、どう云う了見じゃろう。鼠は捕(と)らず泥棒が来ても知らん顔をしている。――先生この猫を私(わたし)にくんなさらんか。こうしておいたっちゃ何の役にも立ちませんばい」

「やっても好い。何にするんだ」

「煮て喰べます」

主人は猛烈なるこの一言(いちごん)を聞いて、うふと気味の悪い胃弱性の笑を洩(も)らしたが、別段の返事もしないので、多々良君も是非食いたいとも云わなかったのは吾輩にとって望外の幸福である。主人はやがて話頭を転じて、

「猫はどうでも好いが、着物をとられたので寒くていかん」と大(おおい)に銷沈(しょうちん)の体(てい)である。なるほど寒いはずである。昨日(きのう)までは綿入を二枚重ねていたのに今日は袷(あわせ)に半袖(はんそで)のシャツだけで、朝から運動もせず枯坐(こざ)したぎりであるから、不充分な血液はことごとく胃のために働いて手足の方へは少しも巡回して来ない。

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