「偽病(けびょう)をつかって学校まで休んだのかい」
「全くそうです」
「なるほど少し天才だね、こりゃ」と迷亭君も少々恐れ入った様子である。
「夜具の中から首を出していると、日暮れが待遠(まちどお)でたまりません。仕方がないから頭からもぐり込んで、眼を眠(ねむ)って待って見ましたが、やはり駄目です。首を出すと烈しい秋の日が、六尺の障子(しょうじ)へ一面にあたって、かんかんするには癇癪(かんしゃく)が起りました。上の方に細長い影がかたまって、時々秋風にゆすれるのが眼につきます」
「何だい、その細長い影と云うのは」
「渋柿の皮を剥(む)いて、軒へ吊(つ)るしておいたのです」
「ふん、それから」
「仕方がないから、床(とこ)を出て障子をあけて椽側(えんがわ)へ出て、渋柿の甘干(あまぼ)しを一つ取って食いました」
「うまかったかい」と主人は小供みたような事を聞く。
「うまいですよ、あの辺の柿は。とうてい東京などじゃあの味はわかりませんね」
「柿はいいがそれから、どうしたい」と今度は東風君がきく。
「それからまたもぐって眼をふさいで、早く日が暮れればいいがと、ひそかに神仏に念じて見た。約三四時間も立ったと思う頃、もうよかろうと、首を出すとあにはからんや烈しい秋の日は依然として六尺の障子を照らしてかんかんする、上の方に細長い影がかたまって、ふわふわする」
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