「まあ羅甸語などはあとにして、ちょっと寒月君のご高話を拝聴仕(つかまつ)ろうじゃないか。今大変なところだよ。いよいよ露見するか、しないか危機一髪と云う安宅(あたか)の関(せき)へかかってるんだ。――ねえ寒月君それからどうしたい」と急に乗気になって、またヴァイオリンの仲間入りをする。主人は情(なさ)けなくも取り残された。寒月君はこれに勢を得て隠し所を説明する。
「とうとう古つづらの中へ隠しました。このつづらは国を出る時御祖母(おばあ)さんが餞別にくれたものですが、何でも御祖母さんが嫁にくる時持って来たものだそうです」
「そいつは古物(こぶつ)だね。ヴァイオリンとは少し調和しないようだ。ねえ東風君」
「ええ、ちと調和せんです」
「天井裏だって調和しないじゃないか」と寒月君は東風先生をやり込めた。
「調和はしないが、句にはなるよ、安心し給え。秋淋(あきさび)しつづらにかくすヴァイオリンはどうだい、両君」
「先生今日は大分(だいぶ)俳句が出来ますね」
「今日に限った事じゃない。いつでも腹の中で出来てるのさ。僕の俳句における造詣(ぞうけい)と云ったら、故子規子(こしきし)も舌を捲(ま)いて驚ろいたくらいのものさ」
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