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「水島と云う人には逢った事もございませんが、とにかくこちらと御縁組が出来れば生涯(しょうがい)の幸福で、本人は無論異存はないのでしょう」

「ええ水島さんは貰いたがっているんですが、苦沙弥だの迷亭だのって変り者が何だとか、かんだとか云うものですから」

「そりゃ、善くない事で、相当の教育のあるものにも似合わん所作(しょさ)ですな。よく私が苦沙弥の所へ参って談じましょう」

「ああ、どうか、御面倒でも、一つ願いたい。それから実は水島の事も苦沙弥が一番詳(くわ)しいのだがせんだって妻(さい)が行った時は今の始末で碌々(ろくろく)聞く事も出来なかった訳だから、君から今一応本人の性行学才等をよく聞いて貰いたいて」

「かしこまりました。今日は土曜ですからこれから廻ったら、もう帰っておりましょう。近頃はどこに住んでおりますか知らん」

「ここの前を右へ突き当って、左へ一丁ばかり行くと崩れかかった黒塀のあるうちです」と鼻子が教える。

「それじゃ、つい近所ですな。訳はありません。帰りにちょっと寄って見ましょう。なあに、大体分りましょう標札(ひょうさつ)を見れば」

「標札はあるときと、ないときとありますよ。名刺を御饌粒(ごぜんつぶ)で門へ貼(は)り付けるのでしょう。雨がふると剥(は)がれてしまいましょう。すると御天気の日にまた貼り付けるのです。だから標札は当(あて)にゃなりませんよ。あんな面倒臭い事をするよりせめて木札(きふだ)でも懸けたらよさそうなもんですがねえ。ほんとうにどこまでも気の知れない人ですよ」

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