「よく人の云う事を疑ぐる男だ。――もっとも問題は団栗(どんぐり)だか首縊(くびくく)りの力学だか確(しか)と分らんがね。とにかく寒月の事だから鼻の恐縮するようなものに違いない」
さっきから迷亭が鼻々と無遠慮に云うのを聞くたんびに鈴木君は不安の様子をする。迷亭は少しも気が付かないから平気なものである。
「その後鼻についてまた研究をしたが、この頃トリストラム·シャンデーの中に鼻論(はなろん)があるのを発見した。金田の鼻などもスターンに見せたら善い材料になったろうに残念な事だ。鼻名(びめい)を千載(せんざい)に垂れる資格は充分ありながら、あのままで朽(く)ち果つるとは不憫千万(ふびんせんばん)だ。今度ここへ来たら美学上の参考のために写生してやろう」と相変らず口から出任(でまか)せに喋舌(しゃべ)り立てる。
「しかしあの娘は寒月の所へ来たいのだそうだ」と主人が今鈴木君から聞いた通りを述べると、鈴木君はこれは迷惑だと云う顔付をしてしきりに主人に目くばせをするが、主人は不導体のごとく一向(いっこう)電気に感染しない。
「ちょっと乙(おつ)だな、あんな者の子でも恋をするところが、しかし大した恋じゃなかろう、大方鼻恋(はなごい)くらいなところだぜ」
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