主人は懐手(ふところで)のままぬっと立ちながら「また人を担(かつ)ぐつもりだろう」と椽側(えんがわ)へ出て何の気もつかずに客間へ這入(はい)り込んだ。すると六尺の床を正面に一個の老人が粛然(しゅくぜん)と端坐(たんざ)して控(ひか)えている。主人は思わず懐から両手を出してぺたりと唐紙(からかみ)の傍(そば)へ尻を片づけてしまった。これでは老人と同じく西向きであるから双方共挨拶のしようがない。昔堅気(むかしかたぎ)の人は礼義はやかましいものだ。
「さあどうぞあれへ」と床の間の方を指して主人を促(うな)がす。主人は両三年前までは座敷はどこへ坐っても構わんものと心得ていたのだが、その後(ご)ある人から床の間の講釈を聞いて、あれは上段の間(ま)の変化したもので、上使(じょうし)が坐わる所だと悟って以来決して床の間へは寄りつかない男である。ことに見ず知らずの年長者が頑(がん)と構えているのだから上座(じょうざ)どころではない。挨拶さえ碌(ろく)には出来ない。一応頭をさげて
「さあどうぞあれへ」と向うの云う通りを繰り返した。
「いやそれでは御挨拶が出来かねますから、どうぞあれへ」
「いえ、それでは……どうぞあれへ」と主人はいい加減に先方の口上を真似ている。
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