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九 - 11

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「その時も幸(さいわい)、道場の坊主が通りかかって助けてくれたが、その後(ご)東京へ帰ってから、とうとう腹膜炎で死んでしまった。死んだのは腹膜炎だが、腹膜炎になった原因は僧堂で麦飯や万年漬(まんねんづけ)を食ったせいだから、つまるところは間接に独仙が殺したようなものさ」

「むやみに熱中するのも善(よ)し悪(あ)ししだね」と主人はちょっと気味のわるいという顔付をする。

「本当にさ。独仙にやられたものがもう一人同窓中にある」

「あぶないね。誰だい」

「立町老梅君(たちまちろうばいくん)さ。あの男も全く独仙にそそのかされて鰻(うなぎ)が天上するような事ばかり言っていたが、とうとう君本物になってしまった」

「本物たあ何だい」

「とうとう鰻が天上して、豚が仙人になったのさ」

「何の事だい、それは」

「八木が独仙なら、立町は豚仙(ぶたせん)さ、あのくらい食い意地のきたない男はなかったが、あの食意地と禅坊主のわる意地が併発(へいはつ)したのだから助からない。始めは僕らも気がつかなかったが今から考えると妙な事ばかり並べていたよ。僕のうちなどへ来て君あの松の木へカツレツが飛んできやしませんかの、僕の国では蒲鉾(かまぼこ)が板へ乗って泳いでいますのって、しきりに警句を吐いたものさ。ただ吐いているうちはよかったが君表のどぶへ金(きん)とんを掘りに行きましょうと促(うな)がすに至っては僕も降参したね。それから二三日(にさんち)するとついに豚仙になって巣鴨へ収容されてしまった。元来豚なんぞが気狂になる資格はないんだが、全く独仙の御蔭であすこまで漕ぎ付けたんだね。独仙の勢力もなかなかえらいよ」

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