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九 - 12

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差出人が金箔(きんぱく)つきの狂人であると知ってから、最前の熱心と苦心が何だか無駄骨のような気がして腹立たしくもあり、また瘋癲病(ふうてんびょう)者の文章をさほど心労して翫味(がんみ)したかと思うと恥ずかしくもあり、最後に狂人の作にこれほど感服する以上は自分も多少神経に異状がありはせぬかとの疑念もあるので、立腹と、慚愧(ざんき)と、心配の合併した状態で何だか落ちつかない顔付をして控(ひか)えている。

折から表格子をあららかに開けて、重い靴の音が二た足ほど沓脱(くつぬぎ)に響いたと思ったら「ちょっと頼みます、ちょっと頼みます」と大きな声がする。主人の尻の重いに反して迷亭はまたすこぶる気軽な男であるから、御三(おさん)の取次に出るのも待たず、通れと云いながら隔ての中の間(ま)を二た足ばかりに飛び越えて玄関に躍(おど)り出した。人のうちへ案内も乞わずにつかつか這入(はい)り込むところは迷惑のようだが、人のうちへ這入った以上は書生同様取次を務(つと)めるからはなはだ便利である。いくら迷亭でも御客さんには相違ない、その御客さんが玄関へ出張するのに主人たる苦沙弥先生が座敷へ構え込んで動かん法はない。普通の男ならあとから引き続いて出陣すべきはずであるが、そこが苦沙弥先生である。平気に座布団の上へ尻を落ちつけている。但(ただ)し落ちつけているのと、落ちついているのとは、その趣は大分(だいぶ)似ているが、その実質はよほど違う。

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